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札幌高等裁判所 昭和51年(う)156号 判決 1976年10月12日

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人岩城弘侑提出の控訴趣意書に記載されたとおりであるから、ここにこれを引用し、当裁判所はこれに対し次のように判断する。

所論は、被告人は、本件において、(一)被害者加賀和彦の黙示の承諾ないしは推定的承諾に基づいて本件乗用自動車を持ち出し運転したものであり、また(二)同車を持ち出して運転するにあたり使用後返還する意思があったので、不法領得の意思が認められないから、被告人に対し、右自動車の窃盗の事実を認定した原判決には事実の誤認がある、というのである。

しかしながら、原判決挙示の証拠によると、優に原判示事実を認定することができ、記録を検討しても、原判決に所論(一)、(二)の事実誤認の形跡を見出すことはできない。以下所論にかんがみ順次説明を付加する。

まず(一)の黙示の承諾ないしは推定的承諾の有無について検討するのに、関係証拠によれば、被告人はこれまで被害者加賀和彦と友達付き合いをしており、本件犯行前も同人方へ遊びに行って一緒に飲酒しているものと認められるけれども、他面、被告人は、それまでに、被害者からその所有の自動車を借り受けたことは一度もなかったこと、本件犯行前に被害者が被告人に右自動車の使用をあらかじめ許諾した事実はなく、被害者は右自動車の紛失に気づいたあとその日のうちに所轄の警察署に自動車の盗難被害届を提出していること、しかも被告人は右自動車の運転中誤って道路脇の側溝に車両を落す事故を惹起しながら、その旨被害者に報告するでもなく、そのまま同車を同所へ乗り捨てて帰宅したばかりか、同車を探して間もなく被告人方へ来た被害者から同車に乗って出なかったか尋ねられて、これを否定するなどの言動に及んだことがそれぞれ認められる。これらの諸点と、被告人自身、それまでに被害者から自動車を借り受けたことは一度もなく、本件においても同車を持ち出して運転するについて、被害者の承諾は受けていなかった旨供述し(被告人の検察官に対する供述調書)、なお、被告人が原審第一回公判で本件自動車の窃盗を自認していることをも合わせ考えると、被告人が、本件自動車を持ち出して運転するについて、被害者の黙示の承諾ないしは推定的承諾はいずれもなかったことが十分に認められる。したがって、所論の(一)は採用することができない。

次に(二)の不法領得の意思の有無について考えてみるのに、刑法上窃盗罪の成立に必要な不法領得の意思とは、権利者を排除し他人の物を自己の所有物と同様にその経済的用法に従いこれを利用し、または処分する意思をいうのであって、永久的にその物の経済的利益を保持する意思であることを必要としないものと解すべきである(最高裁判所昭和二六年(れ)第三四七号、同二六年七月一三日第二小法廷判決・刑集五巻八号一四三七頁参照)。そして、原判決挙示の証拠によれば、被告人は、当初本件自動車を持ち出して運転するにあたり、同車を永久に自己のものにして使用するとか他に処分しようとするような意思のなかったことは、認められるが、本件犯行前、被害者がわざわざ茶ダンスの抽出の中に本件自動車の扉の鍵をしまい込んだのを無断で持ち出して同車を運転していること、運転した距離や時間も、午前零時過ぎから午後四時近くまでの間に、被害者宅から江差町まで行き、同所で飲食をしたうえ同町内をあちこち乗り廻すなどかなりの長距離、長時間に及んでいること、特に被告人は、帰路運転を誤って車両を道路脇の側溝に落す事故を惹起しながら、そのまま同車を同所に放置して自宅に逃げ帰り、同車を探して被告人方へ来た被害者に対し、同車を無断で持ち出したことや右事故について謝罪をするどころか、かえって被害者から同車について尋ねられてこれを知らない旨答えていることがそれぞれ認められ、以上の各事実にかんがみれば、所論のように本件犯行が通常被害者において同車を使用しない深夜のことであり、また当初、被告人に使用後同車を返還する意思があったとしても、被告人において、一時的にせよ権利者を排除し、右自動車に対する完全な支配を取得して、その所有者が自由に行使するのと同様にその本来の使用目的である運転乗り廻しをしようとする意思があったことを認めるのに十分である。してみれば、被告人にはさきに述べた不法領得の意思があったものといわなければならない。したがって、所論の(二)も採用することができない。

以上の次第で、本判決の事実認定は正当であって、論旨は理由がない。

よって、刑事訴訟法三九六条により本件控訴を棄却し、当審における訴訟費用は同法一八一条一項但書によりその全部を被告人に負担させないこととし、主文のとおり判決をする。

(裁判長裁判官 粕谷俊治 裁判官 高橋正之 豊永格)

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